With・・

第3章〜Blue rain〜

 
 若菜と離れてから一週間以上が過ぎた。
 だが、未だに若菜からの電話は掛かって来なかった。
 それが若菜が本当に大丈夫なのか……
 それとも辛くても我慢しているのか……本当の理由は解らないままだった。
 そして紫音も何とか時間を見つけて連絡を入れているのだが、夜遅かったり、また、昼休みの空いた時間などで中々若菜が居る時間にかけられず、留守番電話にメッセージを入れる事しか出来ないでいた……。

「それじゃあ今日の講義はここまで。今度の講義までに今日の講義のレポートを提出するように……。」
 教授の言葉が言い終わらないうちに、生徒達は席を立ち、講堂を後にしていった。
「はあ・……終わった…。」
 紫音はそう言って溜息を付くと、ゆっくりと席を立った。
「さて……昼飯どうしようかな…。」
 そう呟きながら講堂を後にした紫音は、廊下を重い足取りで歩き始めた。
 いつもなら学校に来る途中のコンビニで、パンとおにぎりを買って済ませているのだが今日は少し寝坊してしまい、コンビニに寄らずに大学に来ていたのだ。
「……学食行って見るかな、たまには…。」
 そう呟くと紫音は、学食の方へと足を進ませていった。

(思ったよりは混んでないな・・)
 学食の中に入った紫音は、周りを見渡しながらそう思った。
 カフェテラス風の学食の中は、学生達で賑わっていたが混雑している程では無く、空いている席も幾つか見受けられた。
「さて……何食べるかな…。」
 そう言いながら券売機の前に立った紫音は、そのボタンに書かれているメニューを見ていた。
「う〜〜ん…何食べようかな〜〜〜〜。」
 その横で、紫音と同じく昼食のメニューを見ながら悩んでる声が聞こえた。
「ん?・・」
 紫音はふとその声の主を見て、思わず唖然としてしまった。
「昨日はカレーだったし…、一昨日はAランチだったから…。」
「……おい。」
 紫音はその人物に向かって声をかけた。
「今日はシチューにしようかな〜…。あ、でもこのエビフライ定食も捨てがたいなあ〜〜。」
 その人物は、紫音の声が聞こえないのかまだメニューを見て迷っていた。
「おい…。」
「う〜〜〜〜〜〜ん……。ようし、今日はやっぱりAランチにしようっと。」
「おい・……。」
「ん?・・あ、紫音君、やっほ〜〜〜〜。」
 紫音の声がようやく聞こえたらしく、その人物は紫音の方を向いてにっこりと手を振った。

「やっほ〜じゃないだろるりか、隣の大学のお前が何でうちの学食に居るんだよ。」

 紫音は思わず声を上げて、その人物=山本るりかの方をじっと睨んだ。
 するとその声に反応して、学食に居た人達が一斉に紫音達の方を見た。
「あ……、あはは、何でもないですよ…。ほら、そんな大声出すから皆ビックリしてるじゃない・……。」
 るりかはそう皆に弁明すると紫音の方を向いてちょっと口を尖らせた。
「あ・……す、すいません…。」
 紫音も皆の方を向くと、申し訳なさそうに謝った。
 それを見た学食の人達は、またさっきと同じように賑わいだした。
「はあ・………。元はと言えばお前がここに来てるからだろ、何でここに居るんだよ。」
 紫音はるりかの方へ向き直すと、少し呆れ顔でそう問いただした。
「だって私の所よりもこっちの学食の方が、安いし、美味しいし、ボリュームもあるんだもん・……。」
 紫音の質問に、るりかは屈託の無い笑顔を見せながらそう答えた。
「それに、ここの学食って紫音君の大学以外の人でも食べれるんでしょ?だったら問題ないと思うんだけど…。」
「それはそうだけど……。それでも普通来るか?、わざわざ・……。」
「もう、細かい事は気にしない。折角のランチタイムなんだから…。」
 るりかはそう言いながら紫音に小さくウインクした。
「……はあ…、全く・・……。」
 それを見た紫音は、溜息混じりに呟いた。
「ねえ、ところで紫音君、何食べるの?」
「え……?、まだ決めてないけど…。」
 るりかからの突然の質問に紫音は戸惑いながら答えた。
「じゃあ、私の同じAランチにしよう、ね。」
「Aランチか・……。う〜ん、どうしようかなあ・………。」
「・……もう、じれったいなあ〜。」
 紫音の悩む姿を見て、るりかは紫音の手に握られてたお金を取り上げると、券売機に入れてAランチのボタンを押した。
「…あ、こら、るりか・…。」
 るりかの行動に、紫音は思わず呆気にとられてしまった。
「あはっ、それじゃあ私は券を出してくるから、紫音君は席を取って置いてね。」
 るりかはそう言うと、学食の厨房へと歩いていった。
「全く・……。」
 紫音はそんなるりかを見て、苦笑いを浮かべていた。
「おばちゃ〜ん、Aランチ2つ、ボリューム満点でね〜〜。」
「はいよ、るりかちゃん、今日も元気だね〜。」
「・……常連かよ。」
 るりかと給仕の会話を聞いた紫音は思わず呟いた。



 山本るりかは、紫音の友人で紫音の隣の女子大に通っている。
 二人が出会ったきっかけは、若菜の時と同じく紫音が父親の仕事の関係で、日本中を引っ越していた際、京都から名古屋へ転校した時にるりかが紫音と同じクラスメートだった事がきっかけである。
 しかし、紫音が名古屋から引っ越してしまってからはお互いに「思い出」だけの人物になってしまっていた。
 だが、高校の時に紫音の元に届いた「例の手紙」の差出人を探す旅の途中で二人は再会し、その間、紆余曲折を経て現在では若菜、紫音の共通の友人になっていた。

「はあ〜、ご飯が美味しいと何だか生きてるって気がするよね〜。」
 るりかは、ご飯を食べながら嬉しそうに言った。
「あれ?…ねえ紫音君、何だかあまり食が進んでないみたいだけど……。」
「ん?、ちょっと……ね。」
 るりかの問い掛けに紫音は、溜息を付きながら答えた。
「綾崎さんの事で?」
「ブッ・・・」
 るりかの言葉を聞いて、紫音は飲もうとしていた味噌汁を思わず吹き出しそうになった。
「もう、汚いなぁ…。」
 目の前の紫音の姿を見て、るりかは思いっきり怪訝な表情を浮かべた。
「な、何で…」
「だって紫音君がそんなに悩む事って綾崎さんの事位しか無いもん、私じゃなくても解るよ。」
「…あ、そう・……。」
 るりかの図星な発言に、紫音はぐうの音も出ないと言う表情を浮かべた。
「ねえ・・良かったら話聞かせてよ、相談に乗ってあげるから・・。」
 るりかは身を乗り出して紫音に言った。
「え?・・いいよ、別に・・。」
「もう・・可愛くないなあ・・。」
 るりかは紫音を見つめると、はあ・・と溜息を付いた。
「確かに、紫音君の力になれないかもしれないけど・・でも・・気休めには
なれると思うから・・・ね、話して見て・・・お願い・・。」
 さっきまでとは打って変わって、るりかは紫音にそう優しい口調で囁くと、にこっと微笑んだ。
「るりか・・。」
 そんなるりかの姿を見て、紫音は少し言葉を失いながら見つめてしまった。


 正直な所、紫音はこんな風に相談に乗ってくれるるりかに対して、深い感謝の念を抱いている。
 特に若菜などに相談しにくい事柄や、若菜絡みの相談事の時は、るりかからのアドバイスや、アドバイスが無くてもそういう風に話を聞いてくれる事で気持ちが軽くなり、本当にるりかが居てくれて良かった・・と言った気持ちで一杯になってしまう。
 ある意味、紫音にとってるりかは若菜とは違う意味での「大切な人」であると言っても過言ではないのである。
 但し、照れも在ってか、紫音はるりか本人にそういう気持ちを口にする事は中々無いのだが・・。

「ふぅ〜ん、そう言う事があったんだ・・。」
 紫音から話を聞いたるりかは、なるほどね・・という感じで小さく頷いた。
「あんな若菜を見たのは初めてだったんだ・・それで自分自身凄く落ち込んじゃって・・。」
 紫音はあの日の事を思い出すと、大きな溜息をついた。
「私、何となく解るな、綾埼さんの気持ちが・・。私も一人の部屋に帰ってくると、一人ぼっちだなあって思ってふっと寂しくなるもん・・・・。」
「へぇ〜、るりかでも・・。」
 紫音は意外そうな表情をしながら言った。
「もう、私だって女の子だよ。そりゃ・・綾崎さんみたいに御しとやかじゃないけど・・それでも一人ぼっちの時は寂しくて泣きそうになったりするんだから・・。」
 るりかは紫音の言葉に怪訝な表情で反論した。
「あ・・悪い、言いすぎたよ・・。本当に・・。」
「うん、解れば宜しい。・・・何てね、あはっ・・。」
 るりかは紫音の済まなそうな表情を見て、少しはにかみながら笑った。
 だが、すぐに真顔に戻ると紫音に問い掛けた。
「でも、これからどうするの?・・今は良いかも知れないけど・・
 このままじゃあ綾埼さん、いつか寂しさで・・・。」
「解ってる・・だからずっと考えてるんだ。・・だけど・・。」
 紫音はそう呟くように答えると、溜息を付いた。
 紫音がここまで悩むのはもう一つの理由がある。
 今の若菜には、紫音にとってのるりかのような存在の友人が殆ど居ないのである。
 元々若菜自身、育ってきた環境や性格もあり友達を作るのがそんなに得意ではなく、また悩みがあっても中々他人に相談したりする事も無い。
 それでも、一緒に遊んだりして気分を紛らせてくれる友人が居ればまだ良いのだが、その二つの事に輪をかけて、自分で決めた事とは言え未知の場所での慣れない一人暮らしで、そういった友達を作る気持ちの余裕さえない状況に陥ってしまっているのだ。
 ・・時間が経って環境に慣れてくればそう言う友人ができるかも知れない。
 だが、それまでに今の若菜のままでは絶対に何らかの影響が出てしまう・・
 紫音はこの前の若菜の行動でそう感じ、真剣に悩んでいるのである。

「紫音君、ねえ、アルバイトは?・・それを辞めたら・・。」
 るりかはふと思いついたように紫音に問い掛けてみた。
「確かにアルバイトを辞めるのが一番の解決法だとは思う。・・
 だけど、わざわざ主任が前に辞めるって言った時、僕の条件を良くしてまで引き止めてくれたんだ・・。それを考えると辞めるとは言えないし、第一、自分のせいでアルバイトを辞めたって若菜が知ったら、其れこそ責任を感じて京都に帰るかも・・。そう考えると・・・。」
 紫音はそう答えると少しうな垂れた。
「そう・・だね。・・困ったね・・。」
 るりかもその言葉を聞いて小さく溜息を付いた。
 紫音は今、近所にあるファミレスのアルバイトを高校に入ってからずっと続けている。
 そして、その働き振りとキャリア(と言っても3年ちょっと位なのだが)が認められて今では店の中では店員の指導、接客、在庫、顧客の各管理等、かなりの中心的な仕事を行っている。
 実は大学に入学する際、紫音はこのアルバイトを辞めようと主任に相談したのだが、
 紫音の働き振りを買っていた主任が「条件を今より相当数アップするので辞めないで欲しい」と言われ、紫音もそれに応じたという経緯があった。
 しかも、その事を若菜は知っているので、もし辞めたのが自分の為だと知ったら若菜はきっと紫音にそこまでさせた責任を感じ、最悪の場合、これ以上迷惑をかけない為に(自分の思いを押し殺してでも)紫音と別れると言い出しかねない・・・。
 その為、辞めようにもその二点が紫音の心に重く圧し掛かり、決意を大きく鈍らせていたのだ。

 少しの間、何かを考えていたように沈黙していたるりかがおもむろにこう切り出した。
「ねえ・・・・確か紫音君の家って・・・一人暮らしだよね・・。」
「え?・・うん、両親が転勤で・・。でもどうしてそんな事を?」
 るりかからの問いかけに紫音は不思議そうな表情を浮かべた。
「・・ねえ、いい解決方法浮かんだんだけど・・。」
「え?・・・解決方法?・。」
「うん・・・あのね・・。」
 そう言うとるりかは紫音の耳元へ囁いた。
「紫音君の家で、綾崎さんと紫音君が一緒に住むの。」
「・・はあ?」
 紫音はるりかの言った言葉に思わずすっとんきょうな声を上げた。
 だが、そんな事もお構いなしにるりかはさらに続けた。
「だって、そうすれば綾崎さんも、紫音君が絶対に家に戻ってくるんだから、そんな風に一人ぼっちで寂しい思いもしなくて済むし、紫音君だって綾崎さんが家にいるんだから、その事で気をもんだりする事無いわけじゃない。ね、一挙両得でしょ?。」
「却下・・。」
「え〜、何で?」
 紫音の一も二も無い返答にるりかは不満そうに言った。
「そんな事出来る訳無いだろ。第一出来たとしても・・絶対に若菜はうんとは言わないよ・・、僕の家で一緒に暮らすなんて・・。」
「そうかなあ・・。結構いいアイデアだと思うんだけど・・。」
 るりかはそう呟きながらふと自分の腕時計を見た。
「え?、あっちゃぁ〜〜、もうこんな時間なの?・・。」
 るりかの言葉を聞いて紫音も自分の時計を見た。
「あ・・本当だ。・・・はあ・・結局結論は出ず終いか・・。」
 紫音は溜息を付くと疲れたように呟いた。
「ごめんね・・・役に立てなくて・・。」
 紫音の姿を見て、るりかが済まなそうに言った。
「いいよ、るりかと話してたら少し気が楽になったし・・。有難う、るりか・・話を聞いてくれて・・。」
 紫音は少し微笑みながら、そうるりかに優しい口調で話した。
「あ・・あはっ・・。うん、有難う紫音君、そう言ってくれると私、凄く嬉しいよ。」
 るりかも紫音の言葉を聞いて、にっこりと微笑みながら答えた。
「じゃあ紫音君、私、大学に戻るね、それじゃあ・・。」
 るりかはそう言って席を立去ろうとして、思い出したように紫音の耳元に囁いた。
「紫音君、大変だけどファイトだよ。綾崎さんを守ってあげる事が出来るのは、紫音君しかいないんだからね・・。」
「るりか・・・。うん、解ってる・・。」
 るりかの言葉に紫音は強く頷いて答えた。
「あはっ・・、ならいいんだけどね・・。それじゃあ紫音君、バイバ〜イ・・。」
 るりかはそう言うと、紫音に手を振って去っていった。
(有難う・・・るりか・・)
 心でそう呟きながらるりかの背中を見送った後、ふとテーブルに視線を戻した紫音は少し呆然とした。
「これ・・、僕が片付けるの?・・・。」
 そこにはるりかの食べた後の食器たちがしっかりと残っていた・・。




 その日の深夜、アルバイトから帰った紫音はベッドに横になっていた。
 さっきまで見ていたニュースで、梅雨前線の活発化で今夜半から大雨の恐れがあると言っていた予報どおり、部屋のBGMとしてかけていた音楽が掻き消されるほどの雨音が紫音の部屋に響いていた。
「・・凄い雨だな・・。」
 雨音と、若菜の事で中々寝付けない紫音は、薄暗い天井を見つめながらそう呟いた。
・・でも・・どうしようもなく寂しい時には・・貴方へお伝えてしても宜しいですか?・・
「若菜・・本当に大丈夫なんだろうか・・。」
 若菜の言葉を思い出しながら紫音は少しずつ、眠りへと誘われていった。
 だが、その誘いも突然の電話のベルで掻き消されてしまった。
(え?・・・こんな時間に?・・。)
 ふと時計を見た紫音はそう心の中で呟いた。
 時計の針は既に2時近くを指しており、通常こんな時間に電話を掛けてくる人など居なかったからである。
「・・まさか・・?。」
 紫音はそう呟くと慌てて受話器を取った。
「はい、くさ・・」
 そう言って紫音は思わず言葉を失ってしまった。
 受話器の向こうからは、女性のすすり泣く声が聞こえていたのである。
「あ・・あの・・もし・・・」
 余りの事に言葉を失っていた紫音は、何とか受話器の向こうの人に言葉を掛けようとした。
 だが、次に受話器の向こうから聞こえてきた言葉に、紫音の鼓動は急速に早くなっていった。
「もしもし・・・紫音さんですか?・・・私です・・。」
「私って・・・まさか・・若菜?・・。」
「はい・・。」
 受話器の向こうから、泣き声に混じって力なく話す若菜の声が聞こえていた。
「ど、どうしたの若菜?ねえ、何で泣いてるの?・・。」
 紫音は、若菜の尋常では無い状態に慌てて問い掛けた。
「・・あれからずっと・・一人で我慢していたんです。・・寂しくて、泣きそうになっても・・貴方に・・ご迷惑を掛けたらいけないと思って・・。」
「若菜・・。」
「ですが・・・一人の部屋で眠ってると・・急に不安になって・・・貴方を思って・・・・逢いたいって気持ちが抑えきれなくなって・・。」
「・・・・。」
 言葉を失ってしまった紫音の受話器から、若菜の悲痛な声が響いた。
「紫音さん・・・・逢いたいです。・・・貴方に・・・逢いたい・・。」
 そう言うと、若菜はまた寂しさで泣きだしてしまった。
「若菜・・・・。」
 悲痛な若菜の言葉を聞いた紫音は、切なさで一瞬に体中が熱くなるのを感じた。
「解った、待ってて若菜!!。すぐ逢いに行くから!!!。」
 紫音はそう言って電話を切ると、戸締りもそこそこに、一階にあるヘルメットを取ってガレージのバイクへと大急ぎで向かった。
そしてバイクにキーを差し込み、エンジンを掛けた。
  ドウン・・・ド・・ドド・・ドッ・・ドゥ・・
 まだ温まっていないエンジンは、時折エンストするのではないかと言うくらい回転を不安定に上下させながら回っていた。
その為、紫音は普通走らせる前にエンジンが温まるまでの数分間暖機運転を行なっているのである。だが・・、
(暖気している暇は無い・・)
 そう思った紫音は、おもむろにアクセルを思いっきり2、3度ふかすと強引に回転を安定させた。
「頼む、若菜のところまでで良いから・・それまで壊れるな・・」
 紫音は祈るように呟くと、バイクのギアを一速に叩き込み、若菜の元へ走り出した。
(待ってて・・すぐに行くから・・)
 さっき以上に降り注ぐ雨と、バイクのスピードで体中を雨に叩き付けられながら、紫音はアクセルを全開に開けスピードを更に上げていった。


「紫音さん・・・紫音さん・・。」
 その時若菜は、自分の部屋の寝室でまるでうわ言のように紫音の名前を呟きながらとめどなく涙を流していた。
 ベッドと鏡台、机と小さな本棚と、同じく小さなローチェストが置かれたその寝室は、それらが置かれている為にその部屋の大きさをかえって目立たせているほど広大で、そして、それが若菜の寂しさをより一層大きくしているよう感じられた。
 若菜の借りている部屋は、祖父が知り合いを通じて若菜に借り与えたもので、部屋数は2LDKなのだが、其々の部屋の大きさが12畳以上はあるほど広大で、女性が一人で済むには些か大きすぎるきらいがあった。
 それに備え付けのクローゼットに衣服などは全て収納されている為、家具類も殆ど置かれてない状態であり、それが年頃の女性の部屋にしては少し寂しい感じを与えていた。
「紫音さん・・・」
 ずっと泣きはらしている若菜は、ふとベッドに置いている小さな小箱を見つめ、それを手に取った。
 それは、紫音と若菜の幼い時の思い出の品であった。
 若菜はそれを手にすると、まるで愛する人を抱きしめるようにじっと胸に抱きかかえた。
「・・・あっ・・。」
 その時若菜は、雨音の中に微かに聞こえるバイクのエンジン音を聞いた。
「・・紫音さん・・。」
 その音は少しずつ大きくなり、やがて若菜の住むマンションの前で止まった。
 そして、程なくして若菜の部屋のチャイムが部屋の中に響くと、若菜は急いで玄関に行き部屋の鍵を開けて、そのドアを開いた。
「若菜・・。」
「あ・・・し・・紫音さん・・。」
 そこには雨でずぶ濡れになりながらも、若菜の元へ駆けつけた紫音の姿があった。
「若菜・・、大丈夫?」
 紫音は心配そうに若菜をじっと見つめていた。
「・・・若菜?」
 若菜は何も言わず紫音の姿をただじっと見ていた。
 だが、やがてその瞳にまた涙が溢れ出すと、若菜はずぶ濡れの紫音の胸に飛び込んでいった。
「あ・・わ、若菜・・。」
「紫音さん・・・逢いたかった・・。」
 そう呟くと若菜は、紫音の胸の中でまるで子供のように泣きじゃくった。
「・・・・・。」
 その姿を見て紫音は何も言わずにただ、若菜をそっと抱きしめた。
(ごめん・・若菜・・)
 心の中でそう呟きながら・・。

  雨は、切なさと寂しさを連れて街中を・・
   
    そして・・二人の心を包むように降り注いでいた・・。









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