4月21日 まさかの一旦帰札へ。


松島海岸浪打浜無料駐車場で一夜を明かした私であったが、行動を開始したのは午前11時近くであった。まわりにはたっくさんの車が駐車していた状態であった。それでもむっくり起き上がった私は、駐車帯からずれていた車を止めなおし浜に出た。海はまたまた満潮状態で目印となる浅瀬が見えない。やっぱり全然ない。あたりまえか、日が昇ってからかなり時間がたっている。そのあともしかと思い「松島公園管理事務所」に行って見るが、事務所のドアをノックしても応答がない。駐車場の出入口が片側閉められていたこと、それが今開いていることと合わせれば朝は居なかった筈はないのだが。
仕方がないので松島海岸駅に行き時刻表を確認する。昨日は「青森から夜行列車往復」を考えていたのだが、考えて見れば八戸からフェリーが出ている。それと札幌行きの高速バスを合わせれば列車で往復よりよっぽど安い気がした。八戸からのフェリーは今夜10時であった。札幌に一旦戻り背景資料を持ってきてから、撮り忘れた「サンモール一番丁」と「鳴子温泉」を撮ろうと思ったのだが、さすがに八戸から仙台はめちゃんこ遠すぎる。今いるのは松島海岸な訳で仙台の隣である。そこでサンモール一番丁はゲーム背景と照らし合わせて撮ることに変更した。たまたまゲームを持ってきていてそれを起動させて、そうしてえみるに逢いに行かなければ撮り忘れが発覚しなかったわけで、助かったとの思いが強い。えみるとの最初の出会いイベントの仙台2枚目の写真だから、センチを起動させてプリントスクリーンからペイントに起こして事なきを得た。
日吉大権現の神輿が奉納行列される松島を12時過ぎに離れる。夢の中で何回と見た「ファイルがあった!」は結局正夢にはならなかった。
今日は何の日だろう。仙台市内では生協のトラックが「小泉医療改革反対!」の行列、近鉄物流のトラックが「規制緩和反対!」の行列、仙台市内のタクシー各社が「労働条件緩和!」の行列、とまあパレード続き。「水沼小児童会」だったかも神輿の行列を行っていた。

サンモール一番丁の一番南端の近くに路上駐車。パソコンとカメラを持ってサンモールに飛び込む。端っこから見ていってもさすがにこれは難しい。交差点を渡り「おおまち」へと進む。「おおまち」は下のタイルが酷似だが、アーケードが角張っており違う。アーケードの屋根のみ載せ替えを行ったか?交差点を渡り「クリスロード」へ入る。昨日苦労して探しあてたゲーマーズ前を過ぎてしばらく行くと今度は「ハピナ名掛丁」に入る。しかしここでは屋根の取り付け部分、照明の部分が違う。「クリスロード」に戻る。一番怪しかったクリスロード端っこの「海の〜さん」に言ってみると・・・・おお!確かにここだ!後ろに見える二本の青い物体も確かにある!ということで撮影。終了後はまっすぐ車に戻り県道22号線経由で国道4号に抜け、途中から県道457号線に分かれ中新田経由で鳴子を目指す。これで行くと古川は通らない。三本木にあったハイオクリッター102円の「鈴与三本木TS」は通らないことになる。鳴子が終われば国道4号を上昇することになるからそれなら川渡温泉駅西方の踏切から国道457号線に入った方が早そうでやっぱり古川は通らない。
有備館の先から国道47号線に合流し鳴子温泉を目指す。ガソリンが微妙に少ないので川渡温泉を過ぎてからはガソリンスタンドの値段を気にし始める。行きに見ていけば帰りに最安の店に入れる。そうして鳴子温泉到着。まったく道に迷わずに鳴子温泉神社に到着。なんとかして入手した鳴子温泉の背景画像を参考に撮影。終わるととっとと戻る。滝の湯は昨日入っているからパス。

結局ガソリンは川渡温泉の457号交差点そばにあった106円で給油。昨日鈴与で入れておけば良かったとちょっと後悔した。

457号経由で走っていくと、ちょっと離れたところを「くりはら田園鉄道」が走っていることに気づいた。私は鉄道が大好きであるが最も好きなのは電化中小私鉄である。かなりマニアックだが一番好きである。この「くりはら田園鉄道」は非電化である。それでも行こうと思った。それはくりはら田園鉄道は以前は電化私鉄であったからである。

この旅で何回目かの「鉄道大好き!」である。

この「くりはら田園鉄道」は以前は栗原電鉄という小さな電化私鉄であった。私が形的に大好きな元福島交通のM182等が走っていた(乗ったことはない)。しかし、収入の大半を占めていた細倉鉱山が閉山し経営主体であった三菱マテリアルが鉄道経営から手を引くことになってしまい、存続の危機にたってしまった。そこで栗原電鉄は第三セクターへと会社形態変更をした。そのとき社名が変わり今の「くりはら田園鉄道」になったのである。第三セクターになったとき電気代がかかる電車の運行を取りやめ軽快ディーゼルカー3両を導入。非電化化した。しかし電車は未だに若柳車庫に留置してあると聞いていたので「見てみたい!」と思ったのである。

457号線は築館で国道4号に合流。道路標識では「若柳は国道4号へ左折」と取れたので曲がった。が地図で確認すると失敗。若柳は直進であった。引き返す。引き返すとガソリン102円のスタンドを発見したのでとりあえず2000円分追加給油した。

再び国道457号に進路をとり「くりこまたんぼ」と揶揄される東北新幹線「くりこま高原駅」を遠目に見ながら走ることしばし、若柳駅に着いた。

おお!おお、いるいる。色褪せた電車たちが架線のない線路上にいる。若柳駅では過去の分もあわせた記念乗車券をたくさん売っていた。とりあえず車庫立ち入りの許可を願うとあっさりとOK。駅構内へ立ち入り電車の写真を撮る。そのうち17時07分発の石越行き上り気動車が到着した。降りる人乗る人ともゼロ。写真を撮って見送ると乗っている人もゼロではないですか! これはヤヴァイ。とっても危ない鉄道ではないですか!
当初は写真を撮るだけ、記念乗車券が売っているのを見てからはそれをちょこっと買うだけで終わらせようと思っていたのだが、急遽変更。細倉マインパーク前まで往復することに決めた。
記念券類は、電車関係のものだけチョイス。「さよなら電車運行記念絵葉書8枚セット」(\300)、「さよなら電車運行記念乗車券」(\760)、「M181型電車増備記念入場券」(\300)を購入した。もう一つ「M15型電車落成竣工図表」(\500)も欲しかったのだが、「売り切れてしまったわ」とのこと。「けれど沢辺にあるはずだ。車で来てるの?沢辺に行くと買えるよ。もしくは次の電車でこっちに送ってもらうとかも出来るよ。」ととっても好意的である。私は「細倉マインパークまで往復したい」旨を告げ、沢辺駅の交換のときに駅員さんから買えるように手筈を整えてもらった。駅員さんは鉄道電話で沢辺と連絡をとっていた。「車はどこに置けばいいですか?」と聞いて駅脇においてある私の車を指差したが、「ああ、そこでいいですよ。鍵だけはかけておいてください。」とこれもあっさり許可。細倉マインパークまで990円というめちゃ高い乗車券を購入して列車の到着を待った。

細倉マインパーク行きの列車は先ほどの折り返し。先客は2名である。若柳から女子高生が一人乗車したので乗っているのは4人である。沢辺に着くとタブレット交換であるが、その駅員さんの小脇には茶封筒が抱えられていた。私はドアまで行き500円玉を出して購入した。ドアの脇で駅員さんから購入なんて今から14年前、国鉄羽幌線が廃止のときに、タブレット交換の有人駅に到着するごとに入場券をドア脇で買っていった(同業者もたくさんいた)時以来である。

単行気動車はまばらな人数を乗せて細倉マインパーク前へ向かう。途中終点から二駅手前で私以外のお客さんが降りてしまった。最後の二駅は貸切状態になった。
旧細倉駅の脇を通過して200mも行かないで終点細倉マインパーク前に着いた。折り返し時間は11分。駅は小さな無人駅である。駅の脇に保存展示してあった電気機関車の写真を撮りちょっと離れた旧細倉駅の写真を撮って折り返し時間は終わり。私と女子高生の二人を乗せて石越に向けて発車した。途中若干の乗降があったものの車内はいたって静かなままであった。18時55分、若柳に到着。乗り潰しの点から言えば石越−若柳間というちょびっとの区間だけ残した形になった。

さて、どうしよう。八戸からのフェリーは22時丁度の出港である。時間はあと3時間である。地図を広げて確認する。最寄の東北自動車道若柳金成インターから八戸自動車道八戸インターまでは220km弱である。国道4号はずーっと東北本線に沿って走るが、東北自動車道は盛岡から花輪線経由(弘前経由)となる。途中で八戸自動車道が分岐している。とにかく下道で盛岡ぐらいまで行って東北道に乗ることに決定し車を走らせる。しかし若柳金成インター手前で改めて考えた。隣の一関インターからの料金差を調べる。300円!この差は僅かだと思った。国道が渋滞したり、鈍い車が前に来たりしたら目も当てられない。

19時24分、若柳金成インターから東北自動車道にのる。時速97km、エンジン回転2,550回転に合わせた時点でレパードのクルーズ機能を作動させる。これを使えば足はアクセルを踏む必要はなくなる。実にラクな機能である。ついでにギアをオーバートップ(4速)に留めるホールドスイッチもON。ステアリングとサスペンションもハードにセットする。この状態でずーーーーっと北上を続ける。途中「ペースカー」と書きながらも時速104kmで走るJRバス東北の仙台−盛岡高速線にあわせて時速を103kmに上げた以外はずっとアクセルは踏まないままである。八戸まであと20kmぐらいと言うときに時刻が21時20分を回った。さすがに時間が厳しいかもしれない。ということで2時間ぶりにアクセルを踏んで速度を上げる。ちょうど私を抜いていった車があったのでその車を追走する体制となった。

高速道路ではずっと森高千里のCDをかけていた。

21時45分フェリーターミナルに到着。急いで最小限の荷物だけをまとめてフェリーに飛び乗った。